訓練’s NOW


現在、次のステップCD3を受験するか迷っているところだ。CD3になると科目がいきなり20科目になる。今度は再び、里さんの指導が必要な科目もある。
今の所、暑いこともあって訓練はやっていないが、日常生活や散歩の中で服従訓練は続行している。JOSHAを連れて行けそうなところへは連れて行くようにしている。例えば銀行とか、市役所とか。私が用事を済ませている間、ふせをして待つ事ができる。
「わぁー、おりこうねー。」と声をかけられると、JOSHAはふせをしたまま、しっぽをぶりぶり振っている。
「盲導犬の訓練ですか?」とさえ、聞かれる。これをいわれるとすごく笑える。ビーグルは盲導犬には向かないでしょう。好奇心旺盛だから。
試験前によく練習をしていた公園でビーグル仲間の川上さんが聞かれたそうだ。
「最近、あの訓練士さんは見かけないね。」
どうやら私の事を訓練士と間違えていたらしい。

ともあれ、JOSHAの訓練に相当はまってしまったが、最初に目指していたクレイとブリジットのような関係を私たちは築き上げる事ができた。アメリカ人の犬に対する常識の意味や、訓練学校が言っていた基本的な事の意味が今になって実感できる。
犬を訓練するという事は、単に何かができるという事ではなく、精神的に犬が服従していること、そしてそこには飼い主とその犬とのかけがえのない信頼関係がある、という事ではないか。

何も知らないでビーグルを飼ってしまった。JOSHAの場合、ビーグルの性格をそのまんま100%持ったビーグルだ。しかも相当頑固で我が強い。里さんに巡り合わなかったら、私自身、訓練そのものがわからず、今頃途方に暮れていたに違いない。
本を読んでもわからない事だらけだ。叱る事にしても、犬によって体罰をあたえないと叱った事にはならない犬もいれば、大きい声を出すと萎縮してしまい叱る事が逆効果になってしまう犬もいる。誉める時もそうだ。JOSHAの場合、よく誉めないといけない場合もあれば、誉めすぎると図に乗る場合もあり、使い分けが難しい。このへんの事は、本ではわからない。やはり、指導してくれる人が必要だ。私の場合、幸運にも里さんという人がそばにいてくれて、細かに指導をしてくれた。しかし、現在の日本の現状では、気軽に犬を訓練できる環境ではない。訓練学校そのものが高すぎる。
また犬の訓練そのものに対する私たちの姿勢も変えなければ何も進歩はない。学校に出しても、家に戻ってくると甘やかし、訓練した意味がない家庭も多いと聞く。

里さんいわく、昔と比べたら訓練に対する意識がだいぶん変ってきたという話だ。松岡訓練所でもサンデースクールなどが開催され、気軽に、自分自身で訓練をしようとする人が増えているようだ。