Damon&Linda
今回のニューヨークの旅は、DamonとLindaに4年ぶりに再会する事も目的の1つだった。
マンハッタンの対岸、ニュージャージーにある彼らの所へステイさせてもらう事になった。Damon達とはメールでやり取りをしている。もともと西海岸出身の彼らだが、ニューヨークは、コンピュータービジネスを始めたDamon、ダンスに歌といっそう磨きをかけたLinda2人に共通して生かせる場所であるため、現在そこを拠点に生活している。
Damon、Lindaとの出会いは7年前の日本にさかのぼる。当時、私たちは横浜に住んでいた。私はいろんな国の人とコミュニケーションがとりたくて、JAFA(ジャパンアフロアメリカアソシエーション)という組織の活動に参加していた。3回目の集まりで、座間基地でバーベキューパーティーがあった。これには旦那も都合をつけて参加することになる。基地行きのバスの中で、地図を持った2人のアメリカ人を見た。それがDamonとLindaだ。
「バーベキューに行くみたいだけど、多分どのバスかわからないんだよ。」
私たちは教えてあげようとしたが、バスは出発してしまった。基地へ到着すると、既にバーベキューは始っていた。何だか、アメリカに来たような雰囲気だった。しばらくするとバス停で見かけた2人組みが来た。やはり、彼らの目的地はここだったのだ。
私たちはすぐに声をかけた。日本に4.5日前、来たばかりだという。その後、バレーの試合があり、旦那とDamonは参加、2人で意気投合し、その後も会う約束をした。
当時、2人はweekly マンションにいた。ホテルよりも安いが、アメリカと比べたら高い。Damonは日本語を習得する為、日本に来たという。早く家を探さないといけない。私たちは、何度か家探しを手伝う事になる。
ここで私たちは、島国日本を痛感した。不動産に入ると、外国人だと白い目で見られ、貸してくれそうな物件などない。
結局、外国人同士の情報で千葉の方に彼らは引っ越した。その後も私たちは、一緒によく遊んだ。
私たちがアメリカへ1年間行った時も、いろいろと助けてくれた。Damonは学校を辞め、アメリカで勤めていたモトローラーの関係で日本モトローラーに就職、2年間、大阪で暮らした後、アメリカへ戻った。

私たちはソウル経由でニューヨークに入った。JFK国際空港にDamonが迎えに来ているはずだ。
私たちは急いで、入国審査を終え、到着ロビーへと向かった。大勢人がいたが、Damonはすぐわかった。4年前と変わらないDamon
smileだ。少し、太ったかな?いろんな話をしながら、家に到着。そこではLindaが待っていた。Lindaも相変わらずだ。しかし、2人とも太ったぞ!!
無事にニューヨークへ到着。次の日から街を散策することになる。