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ピース

小学校2年の時、2つ上の友達に「小犬が生まれたけど、いらない?」と聞かれた。
私は父に飼ってもいいかどうか、聞いた。すぐにOKがでた。
その犬は父からピースと名づけられた。

私は自分が連れてきた犬だったので、とてもかわいがった。
どんな事をして遊んだのか、あまり記憶にはないのだが、母から「あんたがいないと、淋しがって、ご飯も食べない。」と言われた事がある。ジョンが死んだ事もあり、ピースはとてもかわいがられた。

その時に初めて、犬の登録、狂犬病の注射をする事になる。回覧版にその事が載っているのを私が発見。注射代を母からもらうのに苦労した覚えがある。昔は犬に対する意識はその程度のものであった。犬の病気に対する知識も何もない。予防注射など知るよしもない。病気になったらそれが、その犬の寿命である。

結局、ピースも今思えば、伝染病の一種にかかって死んだ。血便をした。

私は病院へ連れて行こう、と思ったが、たまたま両親とも出かけていた。当時私は小学校3年生だったが、電話帳で獣医さんを調べ、タクシーに乗って病院へ連れて行った。今思えば、ゲージなしでよくタクシーに乗せてくれたなあ、と思うのだが、その時のタクシーの運ちゃんは、きっと犬が好きだったのだろう。とても気遣ってくれた記憶がある。タオルに巻いて、ピースを抱っこしていたのだが、私の腕にはピースの血便の血がついていた。それくらい、出血していたのだ。

病院で診てもらうと、先生から「すぐには治らないよ。」と言われ、薬をもらった。きっと先生は「手のほどこしようがない。」と言いたかったのだろう。しかし、子供を相手にきっと言えなかったに違いない。

次の日、私は普段通り学校へ行った。クラスの男の子が偶然にも折り紙で犬を折っていて、私はそれをもらった。私はその犬を片手に家に帰り、ピースの所へ行こうとした。そこには母と兄がいた。母は「泣いたらいかんよ。ピースは死んだとよ。」私は猛烈に泣いた。兄がピースの死体を抱いた。私は「首輪をとって。」と頼んだ。家の裏庭にピースは埋められた。私は悲しみがおさまらず、泣きつづけた。翌日、学校には行けなかった。

ピースの首輪と獣医さんからもらった薬は、ずっと私の机の引き出しの中にあった。20歳くらいまで持っていた。


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