ロジィ

小学校4年生の8月30日にロジィは我が家に来た。母が知り合いから、もらってきたのだ。
コッカスパニエルで我が家で最初の純血種で洋犬だった。ロジィはぬいぐるみのようにすごくかわいかった。
私がロジィ≠ニ名づけた。当時毎月買っていたなかよし≠ノ連載されているマンガの中の犬の名前だった。(おはようスパンクが出る前の話。)

翌日、家族は温泉に出かけたが、私は1人留守番をした。夏休みの最終日だったこと、ロジィと1日中遊びたいと思ったからだ。
夏休の宿題をしながら、ロジィは私の側にいた。一緒に昼寝もした。その時、ロジィの体をにおうと、コーヒー牛乳のにおいがした。
何故か、小犬はコーヒー牛乳のにおいがする、と今もなお、感じている。
お隣の中島さん家でも、偶然にロジィの兄弟をもらってきていた。名前はチロ。雄だ。何故か母が、別の兄弟とロジィを交換する、と言い出した。私は泣き叫んで、反対した。「ロジィじゃないと駄目!」 その日学校から帰ってきて、1番に確認をした。ほっとした。ロジィのままだ。しかし、兄は私をからかって、「よく似てるけど、ロジィじゃないよ。」としつこく言い続けた。

ロジィは家の中で飼われた。しかし、トイレのしつけができず、ある日、外に出される事になる。

私はロジィが大好きだった。散歩する時、友達に会うと自慢気に「うちの犬だよ。」と言っていたのを記憶している。
しかし、今となってみれば、ロジィはすごく汚い犬だった。きっとスパニエルを飼っている人から怒られるくらい。ブラッシングを毎日かかさずやらなければいけないのだが、誰もしなかった。ロジィの毛はもつれにもつれ、とうとう「綿」がたくさんできた。美容室に行く事もなく、私や母が、散髪、お風呂に入れた。この綿をとるのに苦労した。よくさわって切らないと、綿か身かわからないほどだった。ロジィは男の子だったので、たまたま周辺はとくに用心した。またロジィの耳掃除は一度もやっていない。JOSHAと同じたれ耳なのに。今思うと耳の中はどんなに汚れていただろう。

ご飯は残り物だった。私はその頃、ドックフードに憧れていた。しかし、母には言えなかった。お小遣いがあると、スーパーに行き、憧れのドックフードを買い、ロジィに食べさせた。

ピースと同じく、狂犬病の注射はしたが、その他のケアはしていない。にもかかわらず、ロジィは長生きしたほうだ。私が高校2年の時まで生きた。最期は病死ではなく、近所のくそおやじに蹴られ、内出血をしたのだろう。それが原因だと思われる。私が学校から帰ってくると、ロジィは苦しそうにしていた。「もうだめだ。」私はすぐに直感した。あまりの苦しみように私は耐え切れず、みる事ができなかった。翌日、家族の気配でロジィは死んだ事を察した。ピースの事があったので、家族は私に対して何も言わなかった。
私も何か聞くと、泣き出しそうだったので、そのまま黙って学校へ行った。しかし、授業中ずっと泣いていた。
ロジィは最期の晩、父を待っていたそうだ。父は「何でここにおるとや。」と声をかけ、その次の瞬間、ロジィは息絶えたそうだ。
ロジィがこの後、どこに埋められたのか、私は今だに知らない。